この度は、市川弘太郎主催オンライン公演「不易流⾏」のご案内ページへご来訪くださり、誠に有難うございます。
昨年末ご好評をいただきました本企画を、この度再配信致します。
当初より配信企画として制作しておりました為、可能な限り配信にてご覧いただきたいと思っております。
しかしながら、配信をご覧になる際の煩わしさや通信環境などによりご覧になりにくいこともございますので、Streaming+での再配信と併せて、Blu-rayでの販売も⾏います。
演⽬に差異はございませんが、Blu-ray版だけの特典なども同封致します。
尚、Blu-rayの販売は受注生産につき、期間限定の受付(〜5/23)となっております。第二次以降の受付については未定です。
また、12月もしくは今回の再配信にて、Streaming+のオンラインチケットをご購⼊いただいた⽅につきましては、特別価格にてのご提供と致します。
価格の詳細および配送・配信・受付の期間につきましては、下の表をご参照ください。
ご不明点などはinfo@fueki-ryuko.orgまでお寄せくださいませ。
再配信 | Blu-ray |
視聴可能期間 4⽉29⽇(⽊)〜5⽉5⽇(⽔) |
発送日 6⽉中旬 |
オンライン配信チケット販売期間 4⽉18⽇(日)〜5⽉5⽇(⽔) |
第一次 受付期間 4⽉17⽇(土)〜5⽉23⽇(日) |
販売ページ (Streaming+のページ) |
販売ページ (公式ホームページ内) |
視聴料 税込5,000円(別途システム手数料220円) |
価格 税込6,600円(配送料込) ※12月配信時を含むオンライン配信チケットご購入の方に限り税込3,300円(配送料込) |
INTRODUCTION について
無いなら創る表現の場
歌舞伎役者の市川弘太郎でございます。 この度、新たな挑戦を行っていくにあたり「不易流行(ふえきりゅうこう)」と名付けたプロジェクトチームを創設致しました。狂言と歌舞伎にて構成されたオンラインでの公演。苦境の中だからこそ生まれた古典芸能の新たな可能性をぜひご覧いだだければと思います。
無いなら創る表現の場
歌舞伎役者の市川弘太郎でございます。 この度、新たな挑戦を行っていくにあたり「不易流行(ふえきりゅうこう)」と名付けたプロジェクトチームを創設致しました。狂言と歌舞伎にて構成されたオンラインでの公演。苦境の中だからこそ生まれた古典芸能の新たな可能性をぜひご覧いだだければと思います。
老若男女 通も一見も
なお、徹底した感染予防の観点から、演奏録音と映像撮影を別日程別会場にて実施し、映像撮影は山梨県·身曾岐神社にある屋外の能楽殿にて行いました。古典芸能にお馴染みのある方々も、そうでない方々も、異なる伝統芸能それぞれの表現技法の違いをお楽しみいただき、また、私どもの新たな挑戦をご支援賜りますれば幸いに存じます。
老若男女 通も一見も
なお、徹底した感染対策の元、撮影は山梨県にある身曾岐神社にて行い、演奏録音と映像撮影を別日程別会場にて実施致しました。古典芸能にお馴染みのある方々も、そうでない方々も、異なる伝統芸能それぞれの表現技法の違いをお楽しみいただき、また、私どもの新たな挑戦をご支援賜りますれば幸いに存じます。
COMMENTコメント
市川猿翁様より心温まる
激励のコメントをいただきました。
CROSS TALK対談
1983年生まれ。東京都出身。慶應義塾大学卒業。
屋号は澤瀉屋(おもだかや)。
1993年国立劇場において市川右近(現・市川右團次)の会『勧進帳』の太刀持で初舞台。
1995年三代目市川猿之助(現・市川猿翁)の部屋子となり、 歌舞伎座『小猿七之助』の日吉丸で市川弘太郎を名乗る。
近年では、ラスベガス公演『獅子王』で英語の口上を披露したり、新作歌舞伎や歌舞伎以外の舞台で、蜷川幸雄、野田秀樹、三谷幸喜、宮本亜門の作品にも出演。
舞台以外では、持ち前の明るいキャラクターを活かしてトークショーや司会、ラジオパーソナリティなどとしても活躍。
2017年にはMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島にて、国歌斉唱と始球式を行った。
1981年生まれ。善竹十郎の次男。
父及び祖父故善竹圭五郎に師事。
3歳から稽古を始め、5歳の時『靱猿』の小猿役で初舞台。
後に「末広がり」「千歳」「那須」「三番三」「釣狐」を披く。
東京を中心に活動し、全国幼稚園、保育園、小学校、中学校、高等学校、特別支援学校、大学にて、狂言の普及に尽力する。海外公演も多数参加。
駒澤大学文学部国文学科卒
駒澤大学外部講師
桐朋学園芸術短期大学非常勤講師。
昭和音楽大学ミュージカル科非常勤講師。
善之会主宰
一般社団法人善竹狂言事務所代表理事
公益社団法人能楽協会東京支部会員
1983年生まれ。東京都出身。慶應義塾大学卒業。
屋号は澤瀉屋(おもだかや)。
1993年国立劇場において市川右近(現・市川右團次)の会『勧進帳』の太刀持で初舞台。
1995年三代目市川猿之助(現・市川猿翁)の部屋子となり、 歌舞伎座『小猿七之助』の日吉丸で市川弘太郎を名乗る。
近年では、ラスベガス公演『獅子王』で英語の口上を披露したり、新作歌舞伎や歌舞伎以外の舞台で、蜷川幸雄、野田秀樹、三谷幸喜、宮本亜門の作品にも出演。
舞台以外では、持ち前の明るいキャラクターを活かしてトークショーや司会、ラジオパーソナリティなどとしても活躍。
2017年にはMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島にて、国歌斉唱と始球式を行った。
1981年生まれ。善竹十郎の次男。
父及び祖父故善竹圭五郎に師事。
3歳から稽古を始め、5歳の時『靱猿』の小猿役で初舞台。
後に「末広がり」「千歳」「那須」「三番三」「釣狐」を披く。
東京を中心に活動し、全国幼稚園、保育園、小学校、中学校、高等学校、特別支援学校、大学にて、狂言の普及に尽力する。海外公演も多数参加。
駒澤大学文学部国文学科卒
駒澤大学外部講師
桐朋学園芸術短期大学非常勤講師。
昭和音楽大学ミュージカル科非常勤講師。
善之会主宰
一般社団法人善竹狂言事務所代表理事
公益社団法人能楽協会東京支部会員
- 狂言と歌舞伎の違い -
大二郎さんはよく、「狂言と歌舞伎は何が違うのか」という質問をされると仰ってましたよね。
そうですね。狂言のことを「歌舞伎みたいな」と形容する方もいらっしゃったり。
一般の方にはなかなか違いが難しいかもしれませんね。
「(歌舞伎より)狂言の方が歴史が長いんですよ」と言いたくなったりもします(笑)
今回の宗論も、元々は狂言の演目で、歌舞伎版はそれを噛み砕いたものと言いますか、簡易型で演じている形になりますからね。狂言のものより時代はかなり後になります。・・・・<続く>
- 狂言と歌舞伎の違い -
大二郎さんはよく、「狂言と歌舞伎は何が違うのか」という質問をされると仰ってましたよね。
そうですね。狂言のことを「歌舞伎みたいな」と形容する方もいらっしゃったり。
一般の方にはなかなか違いが難しいかもしれませんね。
「(歌舞伎より)狂言の方が歴史が長いんですよ」と言いたくなったりもします(笑)
今回の宗論も、元々は狂言の演目で、歌舞伎版はそれを噛み砕いたものと言いますか、簡易型で演じている形になりますからね。狂言のものより時代はかなり後になります。
そうですね。
歌舞伎版は、狂言のものがさらに華やかになったような印象です。
でも、今日久しぶりに狂言の宗論を拝見しましたが、古い先人たちが築いてきたものなのに、技法はとても斬新に映りますよね。海外の演劇などを観ていても、ああいう表現をするものはないですから。
そうかもしれません。
端的に違いを述べるなら、歌舞伎の方がどちらかと言うと形式的なところがありますね。日本舞踊ですので。
- 逆境だからこその「前に進む力」 -
コロナ禍というのは本当に、全ての芸能を止めましたよね。
普通にできていたことが本当にできなくなりましたから。「普通」のありがたさを痛感した出来事だったと思います。それと同時に、命の儚さというところについても。
本当にそうですね。
ただ逆に、良い意味で「普通」を打ち破るきっかけにもなったかもしれません。
そう思います。
ずいぶん前ですと、狂言と歌舞伎は一緒にコラボしてはいけないという風潮もありました。今でこそ珍しくはないことですが、やっぱり、「革新派」と「保守派」という分かれ方をしてしまう世界ですので、私も保守派の目はとても気になってしまいます。
そうなんですね。
はい。私自身も保守派なので。
でも、コロナ禍を受けて、やりたいことはやれるうちにやっておかないと損してしまうと思いました。
なるほど。
今回、弘太郎さんのご縁でお話をいただきましたが、昔の私だったら二の足を踏んでいたかもしれません。
そうした意味で、一歩踏み出せる勇気というのは、このご時世だからこそ得られたものだと思います。
お声掛けさせていただいた時は、ご快諾いただけるだなんて思っていなかったです。
思えば僕も、コロナの前であればそこで諦めていたかもしれません。「もっと実現しやすいことをしよう」などと考えていたでしょう。
逆境だからこその前に進む力ですよね。
本当にその通りです。
大二郎さんだけではなく、周りの方々も「時間あるから手伝えるよ」と言ってくださって、本当に多くの人が支えてくださったおかげで実現した企画でした。
災い転じてじゃないですが、この状況でしかできない企画だったなと。お父様(十郎さん)にもご出演いただけるなんて夢にも思っていなかったので。
- 「不易流行」を貫き続ける -
初めて伝統芸能に触れる方もたくさんいらっしゃるかと思いますが、私としてはこれきりにするつもりはなく、第二、第三の企画も考えています。
私も、定期公演など古典の本分を主軸として全力でやっていきながらではありますが、それとは別に、「どうすれば若い方にもっと古典芸能に触れていただけるか」というテーマにも向き合っていきたいです。
今日も狂言を拝見しておりましたが、純粋に面白くて笑ってしまうと言いますか、エンターテインメントの真髄を感じました。
なので、もちろん私たちもより身近に感じていただけるよう趣向を凝らしてはいきますが、そもそも「難しいもの」と考えずに、気軽に触れてもらえたらいいですよね。
そうですね。
また、狂言をより一層面白くするのは「お客さんの想像力」なんです。
そうした意味で、何度か観て「どのように観るか」というところがわかってくると、さらに面白くなっていきます。
今回の「不易流行」をきっかけに、どんどん足を運んでいただければと思います。
私も大二郎さんと同じく、古典歌舞伎をしっかりと学んでいくとともに、こうして新たな取り組みにもどんどん挑戦していきます。今後とも善竹十郎家の皆さんと、我々澤瀉屋のことを応援していただけるとこんなに嬉しいことはありません。
大二郎さん、今日はありがとうございました。
ありがとうございました。
PROGRAM演目
各演目をクリックすると、
演目のあらすじや見所を
ご覧いただけます。
- ご挨拶 -
歌舞伎役者の市川弘太郎でございます。
この度、新たな挑戦を行っていくにあたり【不易流行(ふえきりゅうこう)】と名付けたプロジェクトチームを創設致しました。
今回はそのプロジェクトの第一回と致しまして、 2020年12月13日(日)にオンライン公演を開催致します。
公演は、狂言と歌舞伎の演目にて構成しております。
元来は狂言の演目であり、現在は歌舞伎の演目としても上演されている「宗論」を、狂言と歌舞伎の双方にてご覧に入れます。
併せて、このような状況下でも表現の場を持つことができることに感謝の意を表し、 狂言からは「三人夫」、歌舞伎からは「鶴亀」を上演致します。
なお、感染予防の徹底を掲げ、
録音は音楽スタジオにて、撮影は山梨県にある身曾岐神社にて行い、
演奏録音と映像撮影を別日程別会場にて実施致しました。
私どもの新たな挑戦をご支援賜りますれば幸いに存じます。
狂言- 三人夫 -
三人の百姓が、無事に年貢を納め豊作を喜び、天下泰平、五穀豊穣など安寧や繁栄を描く小舞です。
狂言- 宗論 -
都六条本圀寺の寺僧(法華僧)が、甲斐の身延山の帰路、道連れが欲しく休んでいました。
そこへ、都東山新黒谷の寺僧(浄土僧)が現れて道連れになります。
お互いに犬猿の仲の宗派とわかり、二人はお互いの宗派をけなし、伝来の数珠を相手の頭にかざし合います。
法華僧は宿に逃げ込みますが、浄土寺も後を追いかけます。
宿には一部屋しかなく、二人は宿の亭主の同じ仏門の者という言葉で、同室に泊まることになります。
一晩中宗論(宗派の優劣を争う論争)をして、負けたほうが宗派を変える事にしますが、勝負はつかず二人は寝てしまいます。
翌朝も争いは続き、法華経は「踊り題目」を浄土僧は「踊り念仏」を唱え合いますが、、、
歌舞伎- 鶴亀 -
うららかな春の宮殿。帝が長寿の象徴である鶴と亀に扮した延臣と従者を従え、太平の御世を祝う御祝儀舞踊です。
所々におめでたい言葉が散りばめられた楽曲で、再び穏やかな世の中になることを祈り踊ります。
歌舞伎- 宗論 -
都本国寺の法華の僧蓮念は、天竺清涼山に修行に向かう途中休んでいた。
そこへ、大和の国黒谷の僧遍念が通りかかる。
二人は道連れとなるが、お互いに犬猿の仲の宗派とわかり、二人は互いの宗派をけなし、伝来の数珠を相手の頭にかざし合います。
宗論(宗派の優劣を争う論争)をしますが決着がつかず、僧蓮念は踊り題目を、僧遍念は踊り念仏を唱えると、、、
TEAMキャスト
市川 弘太郎
プロフィール
1983年生まれ。東京都出身。慶應義塾大学卒業。
屋号は澤瀉屋(おもだかや)。
1993年国立劇場において市川右近(現・市川右團次)の会『勧進帳』の太刀持で初舞台。
1995年三代目市川猿之助(現・市川猿翁)の部屋子となり、 歌舞伎座『小猿七之助』の日吉丸で市川弘太郎を名乗る。
近年では、ラスベガス公演『獅子王』で英語の口上を披露したり、新作歌舞伎や歌舞伎以外の舞台で、蜷川幸雄、野田秀樹、三谷幸喜、宮本亜門の作品にも出演。
舞台以外では、持ち前の明るいキャラクターを活かしてトークショーや司会、ラジオパーソナリティなどとしても活躍。
2017年にはMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島にて、国歌斉唱と始球式を行った。
市川 三四助
プロフィール
女方。市川猿翁一門。2000年生まれ。15年4月市川猿翁に入門し、10月新橋演舞場『ワンピース』の侍女ほかで市川三四助を名のり初舞台。
コメント
新型コロナウイルスの影響により3月からの舞台のスケジュールが全て無くなりました。
自粛期間中、何にも出来ない自分が果たしてこれが私の思い描いてた人生像なのかずっと自問自答しておりました。しかしいくら考えたところで先行きは全く不透明で気持ちが沈んでいく一方でした。
そんな中、「宗論」という大役で今回のお声掛けを頂き、未熟者の私は正直プレッシャーに押し潰されそうでしたが、一から寄り添って頂き温かくご指導頂きました。暗然とした日々が一転、逆にこのコロナ禍にならなければ頂けなかったお仕事だと思います。本当に感謝の気持ちで一杯でございます。
1人でも多くの方にご覧頂けたら嬉しく思います。何卒宜しくお願い申し上げます。
市川 笑子
プロフィール
昭和43年(1968年)3月19日愛知県西尾市生まれ。
中学生の時にテレビで見た「四の切」に衝撃を受け高校卒業後に国立劇場第十期歌舞伎俳優研修生となる。
その後三代目市川猿之助(現猿翁)に入門。
コメント
震災時にも感じた事ですが、今回のような有事の際には自分たちの無力さを痛感いたします。
ただそれでも芸能を含めた娯楽は疲弊した心に光を与える事ができると言う思いを新たにしました。
3月の京都公演が中止になってから半年あまりひたすら自粛していましたが、今回のお誘いで参加させていただきました。 拙い藝ではありますが気軽にご家庭でお楽しみ頂ければ幸いです。
本格的な撮影はとても緊張感のあるものでしたが、小雨の中で幻想的な映像に仕上がっています。ぜひご覧ください。
市川 翔乃亮
プロフィール
女方。市川猿翁一門。1996年生まれ。2017年国立劇場第22期歌舞伎俳優研修修了。4月市川笑三郎に入門し、市川翔乃亮を名のる。5月大阪松竹座『怪談乳房榎』の花見客の女ほかで初舞台。
コメント
今年3月、新型コロナウイルスにより直前に控えていた興行が中止となり、その後自粛を余儀無くされ、お稽古すらも出来ず、急に時間が止まったような感覚になりました。このままどうなってしまうのか、これからどうすればいいのか、全く先の見えない状況に気持ちが塞ぎがちになることもありました。
そんな折、今回の企画のお話を頂きまして、霧が晴れたような心地が致しました。舞踊『鶴亀』の鶴という大役を仰せつかり、身の引き締まる思いと嬉しい気持ちが混在し、こんな気持ちは久しぶりでした。この疫病によって失ったものが多くありますが、だからこそ得られたチャンスや経験、色んな気持ちを大切にこれからも日々精進して参ります。この様な機会を頂いた弘太郎さんには深く感謝申し上げます。
末筆になりましたが、新型コロナの早い終息を、そして皆様に心から笑える日がまた戻ります様に未熟な鶴では御座いますが、祈りを込めて舞わせて頂きました。
沢山の方にご覧頂けましたら幸いでございます。
市川 翔三
プロフィール
女方。市川猿翁一門。2000年生まれ。17年7月市川笑三郎に入門。18年1月新橋演舞場『天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべえいこくばなし)』の近習、『日本むかし話』の村人と町人で市川翔三を名のり初舞台。
コメント
新型コロナウイルスの影響により今年の3月「新版オグリ」南座公演から、舞台のスケジュールは全て無くなりました。
自粛期間中は、師匠笑三郎の元で踊りのお稽古を付けて頂いてたものの、成果を発揮する場所や機会は残念ながら無く、自分の中で溜め込み行き場を無くしていました。
そんな中、今回の機会をいただき、先輩である市川笑子さん、市川喜太郎さん、兄弟子の市川翔乃亮さんと共に御祝儀物、舞踊「鶴亀」の【亀】という大役を努めさせて頂く事になりました。本興行では勿論、努めることの叶わないお役ですので、身の引き締まる思いと嬉しさでいっぱいでした。
歌舞伎役者としての経験は勿論、踊りの経験も乏しい私ですので、お稽古の際の師匠や先輩方からの御指導は忘れられないものとなりました。
コロナウイルスの影響は今なお大きいですが、「今」だからこそ努力をするのでは無く、「今」でなくても、この気持ちを忘れずに今後も努力していければと思います。
皆様には、私共の舞台に対する想いも感じて頂きながら、ご覧頂けたら幸いです。何卒宜しくお願い申し上げます。
市川 喜太郎
プロフィール
女方。市川猿翁一門。 桐朋学園大学短期大学部演劇専攻卒業後、平成4~5年音楽座ミュージカル「アイ▪️ラブ▪️坊っちゃん」(シアターコクーン他)にて藤田太郎の芸名で初舞台。平成10年4月『オグリ』(新橋演舞場)民衆の女で歌舞伎初舞台。平成12年4月市川猿之助(現▪️猿翁)に入門、同年7月歌舞伎座にて市川喜太郎を名乗る。
コメント
新型コロナウイルス感染拡大に伴い、エンタメ界はことごとく自粛。大学で芝居を始めてより今日まで、これだけ長く芝居と云うものに関わらなかった事は有りませんでした。歌舞伎に入る前、役者としての仕事が無い時も、裏方やスタッフとして何らかの形で芝居に関わってきましたから。
正直鬱気味にもなり、精神的にも不安定で陰々滅々とした日々でした。今回のお誘いを頂いた時も、お返事はしたものの果たして今の自分に出来るのか、足を引っ張って迷惑をかけるのでは無いだろうか、とマイナスな事ばかり考えてしまっておりました。
しかし、今回御一緒させていただいた、狂言の善竹十郎先生は私の大学時代の恩師です。そして大二郎さんは現在母校の講師をなさっておられます。そのご縁を主催の弘太郎さんが繋いで下さったのですから、有り難くお受けして自分に出来る精一杯の事をしよう、と思い至りました。
『鶴亀』の従者は皇帝と鶴亀を繋ぐお役です。「兄弟子と弟弟子を繋ぐ役目は貴方にぴったりのお役ですよ」と、今回お稽古をお手伝い下さったお師匠さん方が仰って下さいました。馴れない立役の踊りでしたが、弘太郎さんや師匠方が繋いで下さった想いを胸に、従者を務めさせていただきました。そして未だ終息が分からない、混迷とした世の雲が晴れる様に、想いを込めて舞わせていただきました。
ご覧頂いた皆様に我々の『想い』が届きます様に。
能楽師 大蔵流狂言方善竹 大二郎
プロフィール
1981年生まれ。善竹十郎の次男。
父及び祖父故善竹圭五郎に師事。
3歳から稽古を始め、5歳の時『靱猿』の小猿役で初舞台。
後に「末広がり」「千歳」「那須」「三番三」「釣狐」を披く。
東京を中心に活動し、全国幼稚園、保育園、小学校、中学校、高等学校、特別支援学校、大学にて、狂言の普及に尽力する。海外公演も多数参加。
駒澤大学文学部国文学科卒
駒澤大学外部講師
桐朋学園芸術短期大学非常勤講師。
昭和音楽大学ミュージカル科非常勤講師。
善之会主宰
一般社団法人善竹狂言事務所代表理事
公益社団法人能楽協会東京支部会員
善竹 十郎
プロフィール
昭和19年生まれ。故・善竹圭五郎の長男。
一般社団法人善竹狂言事務所 理事。
故・善竹圭五郎(父) 及び 故・善竹彌五郎(祖父)、大蔵流24世宗家故大藏彌右衛門に師事。
重要無形文化財総合指定保持者。
早稲田大学政経学部卒
(社)能楽協会・日本能楽会会員
早稲田大学エクステンションセンター・桐朋学園芸術短大・帝京平成大学講師
川野 誠一
プロフィール
昭和47年生まれ。大蔵流狂言方。
善竹十郎に師事。
劇団「大樹」を主宰
現在、俳優業とともに大蔵流狂言方としても活動
狂言の謡や小舞をテキストとした声と身体のワークショップ「狂言処=う舞謡~」を主催
日本俳優連合会員 日本新劇俳優協会々員 (有) 希楽星所属
- 演奏家 -
三代目杵屋 佐喜
1983年東京生まれ。江戸時代より続く長唄佐門会家元・七代目杵屋佐吉の次男。
6歳で国立大劇場にて初舞台。長唄を人間国宝・杵屋佐登代、今藤尚之に、三味線を祖父・五世杵屋佐吉、田島佳子に師事。
玉川大学芸術学科、声楽専攻卒業。声楽を藤原歌劇団テノールの市川和彦に、ピアノ・作曲を仲野真世に師事。第11回アジアクラシック音楽コンサート新人賞受賞。
2002年父の前名である佐喜の名を三代目として襲名。
現在、長唄の唄方として全国各地の演奏会、歌舞伎公演、日本舞踊会、NHK『にっぽんの芸能』他、テレビ、ラジオに出演多数。『市川海老蔵 Grand Japan Theater NY・カーネギーホール公演』『平成中村座スペイン公演』他、ブラジル、韓国、シンガポール等の海外公演へも参加。
劇団☆新感線『偽義経冥界歌』制作発表曲、黒木瞳主演『GURUになります~平浅子と源麗華の一週間~』挿入歌、BTUスクール校歌、新曲アニメーション『カレーライスの唄』などの作詞・作曲も手掛ける。
2014年日本コロムビアより『和風ビートルズメドレー』発売。2017年著書『四世杵屋佐吉作曲三絃童謡集 三味線でうたおう!子どもと楽しむ長唄童謡』(CD2枚付)を出版。
東京、静岡、長野を中心に門弟育成、全国各地で子ども、教員向けのワークショップを開催。音楽教科書の執筆、監修にも携わる等、長唄の普及活動にも積極的に取り組んでいる。母方祖父は『七人の侍』等で知られる映画俳優の木村功。
自粛期間中に感じたこと
出演予定の公演が次々と中止となり邦楽界も大変な打撃を受けておりますが、大変な時だからこそ音楽や芸術文化が「豊かな心」を育むこと、音楽が好きという気持ち、そして何より大切な家族や仲間たちの有難みに改めて気付くことが出来た貴重な時間でした。
今公演、録音への思い
今公演では主催者である市川弘太郎さんの、狂言師・善竹富太郎様をはじめとする多くの仲間たちへの想い、「ピンチをチャンスに変えたい!」という熱い思いに音楽チーム全員が共鳴し、皆で様々な意見を出し合いながら演奏、録音いたしました。演者、スタッフ全員の心が一つになった本作を、より多くの方にご覧いただけましたら幸いです。
杵屋勝英治
1994年東京生まれ。2004年より三味線を杵勝会八世家元 杵屋勝三郎に師事。
11歳で三越劇場にて初舞台。
2011年より長唄を杵屋利光に師事。 同年、八世家元より杵屋勝英治の名を許される。
2017年東京藝術大学邦楽科卒業。
現在、長唄の唄方として全国各地の演奏会、歌舞伎公演、日本舞踊会、NHK邦楽番組などに出演。台湾・モンテネグロの海外公演にも参加。
自粛期間中に感じたこと
演奏会も軒並み中止・延期となり、ほとんどの時間を家で過ごす事となりました。そんな気が滅入りがちな時に先輩方がお気にかけて下さり何度も電話を下さいました。大変なのは自分だけでは無いと励まして頂き、今考えましても本当に有難かったです。
今公演、録音への思い
久しぶりの演奏機会で、諸先輩方と一緒に演奏させて頂く喜びを改めて感じました。
ご縁を繋いで頂いた市川弘太郎様・杵屋佐喜様はじめ、共演させて頂きました諸先輩方には改めて感謝申し上げます。
杵屋五助
1983年佐賀県出身。幼少の頃より地元で杵屋五州に手ほどきを受ける。
人間国宝・三世杵屋五三郎、四世杵屋五三郎に師事。17歳で杵屋五助の名を許される。
2006年東京芸術大学音楽学部邦楽科卒業。同大学にて音楽研究助手を三年間務める。
現在、長唄三味線方として歌舞伎公演、日本舞踊公演、長唄演奏会、テレビ、ラジオ等に出演多数。新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」音源収録、「ピコ太郎PPAPT in 武道館」「志の輔らくごinPARUKO」「桑田佳祐LIVE TOUR 2012 I LOVE YOU-nou & forever-」ライブ音源収録に参加するなど、伝統音楽の枠を超えた多彩な活動を展開している。
また創作活動では「ぴかぴか手あらい」「蒼天」等を作曲するなど、新しい長唄三味線の可能性を模索中。
東京・山形・佐賀に稽古場を持つ。長唄「奏明会」主宰。
自粛期間中に感じたこと
舞台での演奏を主な生業としている自分にとって、自粛期間中は大変な苦痛でした。
収入の事に関しての不安は当然の事ながら、やはり演奏が出来ない事、表現の場が奪われた事で自分自身を否定されたようにすら感じました。しかし何かしなくてはと思い始めた頃に同じ志を持った仲間と連絡を取り合い、出来る事は何か無いかと色々なアイデアを出し合い、リモート作品の創作等、初めての事にも挑戦することが出来ました。
事態の終息を心から望んでおります。
今公演、録音への思い
「やはり表現の場を無くしてはいけない!良いものを作ろう!」という弘太郎さんの熱い想いに同調するべく、気合いを入れて収録させて頂きました!どの様な舞台になるか楽しみです!
松永忠三郎
平成2年(1990年)東京都出身。
幼少の頃より長唄三味線を父、松永忠五郎に手ほどきを受け、同時期に長唄を故今藤綾子に師事。現在は三味線を松永忠一郎、杵屋勝三郎に師事。
平成19年より松永直矢として活動。
平成24年3月東京藝術音楽学部邦楽科卒業。
平成25年~「キッズ伝統芸能体験」の講師に就任。
平成29年9月、四代目松永忠三郎を襲名。
現在、長唄三味線方として歌舞伎や日本舞踊会の地方、演奏会、テレビ、ラジオ等にて活動中。
自粛期間中に感じたこと
今まで当たり前と思っていた事が当たり前でなくなった事を実感しました。
日常はもちろん、日々の仕事でもお声かけいただいた舞台を一生懸命努める事が当たり前となっていましたが、コロナの流行により今は時代が変わり始め、自ら動いていくことの大切さも実感しました。これから自ら動き出せるようになるためにも、もっともっと腕を磨かなければならないと感じております。
今公演、録音への思い
沢山の方々に見て頂きたいと思うと同時に、若い世代も一生懸命頑張っているという思いを伝えたいです。諸先輩方に比べればまだまだ未熟なところもありますが、少しでもクオリティの高い演奏をお届けできるように精一杯勤めさせていただきました。
松永忠之助
平成10年6月東京生まれ。
東京藝術大学音楽学部邦楽科3年在籍中。
長唄は父松永忠次郎に手ほどきを受け、4歳で初舞台を踏み現在に至る。
平成26年に河東節 山彦節子に師事、平成29年歌舞伎座にて「助六由縁江戸桜」河東節浄瑠璃方として出演。
令和元年に「松永忠之助」の名を許される。
長唄・囃子青年楽団「清響会」同人として演奏会に出演し研鑽を積む。
自粛期間中に感じたこと
このコロナ禍の自粛期間で、思うように活動できなくなることへの危機感、先の見えなさに 大変不安を感じました。 一方で、また活動し始めた際の準備期間だと思い、自粛期間中、稽古に時間を費やしました。 また日頃当たり前だと思っていた事の一つ一つに感謝をするいい機会になりました。
今公演、録音への思い
このコロナ禍の為に、オンライン配信にならざるを得なくなった公演なども増えましたが、 変わらぬ古典芸能の新たな配信の手法の一つと捉え、もっと多くの方に知ってもらえる機会が多くなればと思います。まさに「不易流行」の文字通りのプロジェクトだと思いました。 演奏する機会自体少なくなったコロナ禍で、今回お声掛け頂き貴重な録音に携わらせて頂いた事に感謝し、精一杯務めさせて頂きました。
一日も早いコロナの終息を願いますとともに、狂言師善竹富太郎様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
松永和之助
平成13年12月東京生まれ。
東京藝術大学音楽学部邦楽科1年在籍中。
長唄は父松永忠次郎に手ほどきを受け、3歳で初舞台を踏み現在に至る。
平成26年に河東節 山彦節子に師事、平成29年歌舞伎座にて「助六由縁江戸桜」河東節 浄瑠璃方として出演。
令和元年に「松永和之助」の名を許される。
長唄・囃子青年楽団「清響会」同人として演奏会に出演し研鑽を積む。
自粛期間中に感じたこと
自粛期間中は、予定されていた演奏の場が次々と中止・延期となり、いつまで続くのか分か らず先の見えない不安を強く感じておりました。しかしそれと同時に、長唄や歌舞伎をはじ めとする音楽等のエンターテインメントに大変心を救われ、芸術・音楽の持つ力に改めて気 づくことができました。又、時間が沢山ございましたので、稽古も含め自分の芸や今後につ いて向き合う時間をとることができ、良い機会でもあったと思います。
今公演、録音への思い
これまで当たり前のように感じておりました生演奏の場が絶たれた中、プロジェクトに携わる皆様が新たな表現の方法を模索されている姿に大変感銘を受けました。お声掛け頂いたことに感謝し心を込めて唄わせて頂きました。古典芸能を“配信”という新しい形で、より多くの方にご覧いただけましたら嬉しく思います。このような状況下において、貴重な機会を与えて頂き誠にありがとうございました。 一日も早いコロナの終息を願いますと共に、狂言師善竹富太郎様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
梅屋陸人
平成2年7月23日生まれ
平成25年3月東京藝術大学音楽部邦楽科別科修了
平成25年10月国立大劇場歌舞伎公演
『一谷嫩軍記』『春興鏡獅子』にて歌舞伎初舞台
父は二代目梅屋右近
七代目田中傳次郎に師事
コメント
この様な御時世の中今一度自分の人生にとって芸とは何なのか改めて考え直すきっかけとなりました。
大変貴重な事に参加させていただき市川弘太郎丈始め皆様に心より感謝申し上げます。
田中源一郎
平成16年 二代目田中傳一郎に師事
平成23年 東京芸術大学邦楽学部別科修了
平成28年1月 歌舞伎座 廓三番叟にて初舞台
平成29年4月 田中源一郎を襲名
コメント
この度はオンラインでの公演が実現し、誠におめでとうございます。
弘太郎さんから録音の仕事を頂き、新たな試みに不安もありましたが、弘太郎さんからご丁寧に指示して頂き、感染症対策を徹底して頂いたおかげで、無事収録を勤めることができました。
コロナが落ち着き、また弘太郎さんと舞台の上でご一緒できることを願っております。
田中傳三郎
コメント
この度は弘太郎さんの御志のもと、不易流行に携われました事、誠に感謝申し上げます。
我々舞台人だけで無く、皆々様方に置かれましても一日も早く以前のような日常に戻れますよう心より願います。
また早く弘太郎さんと劇場でご一緒出来ますよう精進していきたく存じます。
どうぞ宜しくお願い申し上げます。
HOW TOオンライン配信での
ご視聴⽅法
Streaming+での配信となります。
お⼿元のパソコンまたはスマートデバイス
(スマートフォン、タブレット)にてご視聴いただけます。
チケットご購入の方は期間内に限り
何度でもアーカイブ配信をご覧になれます。
※諸般の都合により、チケット販売日程·配信時間などが
変更になる場合がございます。
詳しくは、只今ご覧の公式ホームページ、
または公式Twitterをご確認ください。
公演視聴ページへアクセス
公演当日になりましたら、開始時間より少しお早めに
案内メールから視聴ページへアクセスしてください。
詳しいご利用ガイドは
こちらからもご覧いただけます。
SCHEDULEタイムスケジュール
- ご挨拶
- 演目1三人夫(狂言)
- 演目2宗論(狂言)
- 休憩
- 演目3鶴亀(歌舞伎)
- 演目4宗論(歌舞伎)
- アフタートーク
市川弘太郎 × 善竹大二郎
INFORMATION運営概要・お問い合わせ
「不易流⾏」プロジェクト
主催:市川弘太郎
指導:市川笑三郎
企画顧問:林千永
運営:有限会社オフィス拓
撮影:株式会社アンド企画
録音:ワールドアパート有限会社
編集:株式会社Reets
スチール:有限会社エアークラフト
ウェブサイト/広報:株式会社まめ
題字:BUCCI(ET-KING)
お問い合わせ:info@fueki-ryuko.org
新型コロナウイルスの流行によって、歌舞伎界をはじめ多くの芸能が中止を余儀なくされました。
私の弟子たちも例外ではなく、未だに舞台に立てないものも多くおります。
そのような中、私の部屋子である弘太郎が「不易流行」というオンライン公演を旗揚げ、弟子である笑子、喜太郎、三四助、そして笑三郎の弟子である翔乃亮、翔三が参加いたします。
笑子は弟子入りして30年、喜太郎は20年、私の元で修行してまいりました。
三四助、翔乃亮、翔三は二十代前半の若者でございます。
この五人が弘太郎と共に手を取り合い、新たな挑戦を行う事を大変嬉しく思っております。
皆様におかれましては、ご自宅から劇場に変わらぬ温かいご声援のほどをお願い申し上げます。
そして、私の弟子の挑戦を支えてくださった善竹十郎家の皆様、演奏家の皆様、スタッフの方々、本当にありがとうございました。
翔べ、弘太郎!